東京高等裁判所 昭和56年(ラ)740号 決定 1982年12月27日
抗告人
甲田花子
右代理人
福岡清
山崎雅彦
相手方
甲田一郎
主文
原審判を次のように変更する。
相手方は、抗告人に対し、本決定確定の日限り金一三六万七〇四五円並びに昭和五五年一月一日から当事者双方が同居し、又は離婚するに至るまで七月及び一二月を除く毎月末日限り一箇月金一五万円の割合による金員、七月及び一二月の毎月未日限り一箇月金三五万円の割合による金員を抗告人方に持参又は送金して支払え。
理由
第一本件抗告の要旨
抗告人は、「原審判を取り消し、本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻す。」との裁判を求めた。本件抗告の理由の要旨は、別紙記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一本件記録によると、抗告人と相手方とが別居するに至る経緯については、原審認定のとおりの各事実が認められる。
二1 そこで、まず、相手方が本件婚姻費用分担の調停申立ての日の属する月である昭和五四年一二月以降、抗告人に対して負担すべき婚姻費用分担金の額について検討する。夫婦が別居している場合において、配偶者のうち他方当事者に比べて経済的に優位に立つ一方の当事者は、他方当事者に対し、自己の社会的地位、収入に相応した生活を保障するいわゆる生活保持の義務を負うというべきであるから、婚姻費用分担金の額を決定するに当たつては、飲食費、住居費のほか、文化的支出を含む多数の指標を設定してした生活実態調査に基づき、性、年齢、作業度等の各別に定められた労働科学研究所の総合消費単位による扶養料算定方式(以下「労研方式」という。)により試算して得た額を参考にして決するのが最も適当であると考えられる。しかしながら、婚姻費用の分担義務は、本来婚姻継続のための夫婦の協力扶助義務を基礎とするものであるから、婚姻が破綻状態となつて夫婦の協力関係を欠くに至り、双方に本来あるべき円満な夫婦の協力関係の回復への意欲がみられなくなつている場合には、その分担額をある程度軽減することも許されるものと解するのが相当である。そして、右の破綻状態に至つたことについていずれの配偶者に責任があるかの点は、離婚に至つた場合において離婚に伴う慰藉料及び財産分与の額を定めるにつきしんしやくすれば足りると考えられる。そして、前記の原審認定事実によれば、本件当事者間の婚姻費用分担責任は、右のような場合に当たると解するのが相当である。
2 そこで、労研方式により分担額を求めることにすると、次のとおりとなる。家庭裁判所調査官の調査の結果によれば、昭和五五年の抗告人及び相手方の年間生活費収入(手取額)は、抗告人が約二〇〇万円、相手方が約五〇〇万円であることが認められる。抗告人及び未成熟の二子(以下「抗告人側」という。)の総合消費単位は二三五(抗告人九五、長女八〇、長男六〇)であり、相手方は一〇五であるから、抗告人側の年間生活費は四八三万八二三五円であり、相手方の年間生活費は二一六万一七六四円となる。相手方が抗告人に対して負担すべき婚姻費用分担額(年額)は、抗告人側の生活費の額から抗告人の生活費収入額を差し引くことによつて求めることができ、これによると金二八三万八二三五円(4,838,235円−2,000,000円=2,838,235円)となり、月額では金二三万六五一九円となる。
3 以上により算定された金額を参考にし、当事者の婚姻関係の状況のほか、抗告人の主張額(月額二一万円)、相手方が家庭裁判所調査官に対して月額一五万円の分担をする意思がある旨述べていること、相手方の給与手取額は年間約五八〇万円であるが、毎月きまつて支給される給与手取額は約三三万円であつて、その余は夏期及び年末に支給される賞与であると認められること、相手方は昭和五五年当時月額二七万円ないし二八万円を生活費や旅行の費用として費消していると認められるが、労研方式により算定されるその生活費は月額一八万一四七円(2,161,764円÷12=180,147円)であること、相手方の税込み給与支給総額は、昭和五四年分が六八七万円余、昭和五五年分が七三九万円余であることなど諸般の事情を考慮すると、相手方が抗告人に対して負担すべき婚姻費用の分担額は、昭和五四年一二月分は金三〇万円、昭和五五年一月から当事者双方が同居し、又は離婚するに至るまで七月と一二月を除く各月の分として一箇月金一五万円、七月と一二月の分として一箇月金三五万円の割合による金額(昭和五五年一月分からは年額二二〇万円となる。)と定めるのが相当である。
三次に、相手方が抗告人に対して負担すべき昭和四七年七月一日から昭和五四年一一月三〇日までの婚姻費用分担金の額について検討するに、相手方は抗告人に対して自己と同程度の生活を保持させる義務を負うとはいつても、これを過去の分についてまで機械的に適用するときは、過去において保持されるべきであつた生活の程度と過去における現実の生活の程度との差を金銭に見積つて精算するに等しい結果となり、婚姻費用分担義務が夫婦の協力扶助義務に基礎を置くものであることを考慮すると必ずしも妥当とはいい得ないこと、右の「精算」は当事者が離婚するに至つた場合において、離婚に伴う財産分与の額を決定する際に考慮すれば足りると考えられること、本件婚姻費用分担の調停申立て以前においては、抗告人は別居後自己の収入により自己及び二子の生活を支え、ともかくもその生活の困難は回避されてきており、そのための格別の借財をした事実も認められないこと、右期間中の抗告人の生活費収入を正確に把握し得る資料がないこと、相手方には預貯金などの資産も多くはなく、婚姻費用の分担を命ぜられることによりその生活に困難を招くことは避けるべきであると考えられることなどの事情を併せ考慮すると、労研方式を適用してこれを算定するのは相当ではないと思料する。
そして、当裁判所は、右期間中の婚姻費用分担金の額を金一〇六万七〇四五円と定めるのが相当と考えるのであつて、その理由は原審判三枚目裏一一行目の「記録上」から六枚目表一一行目まで(原審判添付の第一表、第三表及び第四表を含む。)と同一であるから、これを引用する。
四以上の検討の結果によると、婚姻費用の分担として、相手方は、抗告人に対し、本決定確定の日限り金一三六万七〇四五円(昭和四七年七月一日から昭和五四年一一月三〇日までの分金一〇六万七〇四五円及び昭和五四年一二月一日から同月三一日までの分金三〇万円の合計額)並びに昭和五五年一月一日から当事者双方が同居し、又は離婚するに至るまで七月及び一二月を除く毎月末日限り一箇月金一五万円の割合による金員、七月及び一二月の毎月末日限り一箇月金三五万円の割合による金員を抗告人方に持参又は送金して支払うべきものと定めるのが相当である。以上の次第であるから、右と結論を異にする原審判を取り消して自らこれに代わる裁判をすることを相当と認め、家事審判規則一九条二項によつて主文のとおり決定する。
(貞家克己 川上正俊 渡邉等)
【抗告の理由の要旨】
一 原審判は、婚姻費用の分担に対する考え方につき、民法七六〇条の趣旨に反するばかりでなく、憲法二四条にも反する。
二 まず第一に、原審の過去の申立人の生計費算定方法は不当かつ違法である。婚姻費用は、財産、収入、社会的地位に応じた適切な社会生活を維持、保障するのに適切な額であるべきであり、相手方の資産、収入が多ければ抗告人及び未成年の子はそれと同一程度の生活様式、水準を保持する権利を持つており、相手方はこれを保持させるに必要な生計費を支出すべき義務を負つているのである。相手方の収入は一般世帯の収入を超えるものであり、この収入に応じた抗告人の生計費を算定すべきである。
三 原審判は、右の方法により算出した一箇月の生計費から当該年間の必要生計費を算出し、これから抗告人の実収入を差し引いて各年ごとの抗告人の生計費の不足額を算出し、その不足額を相手方が支払うべきであるとするが、不当である。すなわち、原審判の結論に従えば、抗告人が必要生計費を支出するのに足りる収入を得ていれば、相手方は過去の生計費を全く抗告人に支払わなくてもよいことになる。しかし、生活扶助の義務たる一般的な扶養と異なり、夫婦間においてはその義務者は、当然に配偶者及び未成年の子を同一程度の社会生活を営むようにその水準を保持させる義務を負うものであり、この趣旨からすれば、不足額のみ義務者が負担すればよく、別居した妻が必死で働いたことによりどうにか生計費を賄うことができれば、遊び暮している義務者がその支出を免れるというのでは、両性の本質的平等を実質的に損なうものといわざるを得ない。
四 更に、昭和五六年一月分以降の生計費を一箇月につき金一〇万円とする原審判の根拠も相手方の収入などを考慮にいれているとはいえ、やはり抗告人の収入不足額を補えばよいとする考え方に変わりなく、不当である。
五 以上のように、原審判の理由及び結論は、いずれも極めて不当、違法であるばかりでなく、憲法二四条にも明らかに違反するから、抗告人は、法的正義の実現を求めるため、本件抗告に及ぶ。